2007-04-20
目の前に透明な薄い膜のようなものが張っている。その膜にろ過された風景の粒子だけが僕の網膜に結像し、オフィスの中を薄っぺらなゼリーのように見せた。
頭の中が誰かの手でかき回されているみたいに痛い。痛みは心臓の鼓動に同調するように拍動している。
モニターの文字がぐにゃりといびつに歪みはじめ、それはやがて蠢くように画面中をてんでに這いずり回った。色はまだらに滲み、揺らめくように流動している。
マウスが突然モニターの上に飛び上がり、ケタケタと笑うように左右のボタンがせわしなくカチカチと音を立てた。キーボードのキートップは全てが飛び上がるように浮き上がったかと思うと、あちこちに飛び散っていった。
――・・・あ・・・き・・・えは・・・が・・・い・・・ぷ・・・でさ・・・じぶ・・・も・・・
音は激しく強弱を繰り返し、意味のある言葉とならないうちに僕の鼓膜を揺らして通り過ぎていった。
光も光の速度で進むことを止め、音と同調しているように見えた。音にあわせて時折刺すような光が目に飛び込んできて、くらくらした。目を閉じても耳を塞いでも、音も光も弱まるどころか更に細かな振動を繰り返しながら僕を揺さぶっていた。
でもこれはいつものことだった。例の発作なのだ。机の上を逃げ惑う受話器をようやく捕まえると、同じビルにあるクリニックに電話をして予約を入れた。
妙にぐにゃぐにゃした感触のデスクや壁をつたうようにして廊下に出ると、壁づたいにエレベーターホールに向かった。
いつもは三つあるはずのエレベーターのドアが、数え切れないほど重なり合うようにして僕の行く手に少しブレて揺れながら佇んでいた。
焦点の定まらないボタンの一つを押すと、頼りなげに微かな手応えがあり、しばらくするとほぼ目の前のドアらしきものがいくつか開いたように見えた。
その中の一つに乗り込むと何故か振動はピタリと止まり、エレベーターの中はしんと静まり返った。クリニックのある階のボタンを押すと、音もなくドアが閉まると同時に照明が落ちて、エレベーターの中は真っ暗になった。
闇の中で階数表示だけがゆっくりと進み、エレベーターが上昇していることを示していた。
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