突然目の前が暗くなると湯船の底が抜けて、俺は一瞬宙に浮いた後、何かを掴む間もなくその暗い奈落に落ちていった。つるつるしたパイプのような道が曲がりくねって地の底まで続き、俺はその中を転がるように滑っていった。
やがてあたりに赤い光が差してきたかと思うと、俺の体は赤黒い巨大で邪悪な世界の中に無慈悲に放り出された。
「いてて……」
裸の尻をさすりながらあたりを見回すと、下に長く延びた石の階段があり、よろよろと牽かれるように降りていくと、数人の女の鬼たちに恥ずかしがる暇もなく引っ立てられた。
閻魔様はまだずいぶんと若く、顎にヒゲをたくわえていたが、髪は金色に光っていた。側近の差し出すファイルをふんふんと覗き込んでいる。
「ええっとぉ、あんた、奥さんを長いこと構ってやらなかったろ。だからこんなとこに来てるわけ。わかってんの?」
「……で、でも、それはあいつが……」
「あぁ、それと一応死因は入浴中の心筋梗塞ってことだから。お気の毒ぅ」
それから俺はあらゆる地獄の責め苦を負うことになった。ある時は容赦ない殴る蹴るの暴力、またある時は滅茶苦茶な味付けの料理、そしてある時は陰惨な言葉責めと、女鬼たちは手をかえ品をかえ執拗に俺を攻め続けた。
それは凄惨を極め、もはや並の神経では耐え抜くことは不可能と思えたが、長年嫁との生活を生き抜いてきた俺には、そんなものは蚊が刺したほどにも感じなかった。
いつまでたっても衰弱も発狂もしない俺を見て、閻魔様はある日俺を呼び寄せると、持っていた杖の柄で俺の頭をポカリと殴った。
寒さに震えながら目を覚ますと、そこは俺の家近くの公園の砂場だった。
俺は生き返ったのか?――不思議に思いながら、誰にも見られることなく家まで帰り、玄関への階段の前に立ってハッと気が付いた。
俺はよろよろと階段を上り、裸のせいだけではなく微かに震えるその指でこの世の地獄の呼び鈴を鳴らした。
[URL]
セコメントをする